Issue 002 Patrick de Bana
バレエは越境する 広く深く
エキゾチックな中に、哲学者のような思慮深さを感じさせるダンサー、そしてコレオグラファーのパトリック・ド・バナ。モーリス・ベジャール、ナチョ・ドゥアト、映画監督カルロス・サウラといった伝説的な巨匠の薫陶を受けた。パリ・オペラ座の歴史に残る偉大なエトワールのマニュエル・ルグリ(ウィーン国立バレエ芸術監督)、最も人気の高いプリマ・バレリーナのスヴェトラーナ・ザハロワや超絶技巧を誇るイワン・ワシーリエフ、フラメンコ界のトップスター・エヴァ・ジェルバブエナ…世界的なトップダンサーからのオファーが相次ぎ、ヨーロッパからロシア、そしてアジアへとグローバルに活躍する異端児。その深い瞳とアーティスティックな肉体、大局的に物事を捉える幅広い視点に魅せられ、そして唯一無二の個性を放つ振付作品にも幻惑されてやまないのは、バレエファンだけに留まらなくなっている。
ドイツのハンブルクに生まれた少年は、どのようにしてダンスに出会ったのだろうか。
パトリック 「私がバレエの世界に入ったのは、普通の人とはちょっと違っています。小さい時から音楽を聴いたらいつでも踊り始めていたので、5歳の時に母が、私をもっとおとなしくさせるために、週に一回子どものためのバレエ教室に連れて行くようになったのです。家の近くにバレエ教室があって、そこに通い、バレエが大好きになってもっともっと踊りたいと思いました。
10歳になった時に、マダム・ショイラーというその教室の先生が、これ以上私に教えられることがないので、ハンブルク・バレエ・スクールのオーディションを受けるべきだと母に進言したのです。オーディションを受けてハンブルク・バレエ・スクールに入学し、週に6回のレッスンを受けるようになりました。それでも、もっともっと踊りたくなって、そして今の私がいるわけです」
ナイジェリア人の父、ドイツ人の母の元に生まれたパトリック。祖父母はポーランドとハンガリー出身だという彼が人種、国境、文化、そしてジャンルを越え、トップアーティストなど多くの人々を魅了する秘密とは、やはりその多様性に富んだバックグラウンドだろう。
パトリック「私の血の中には、ヨーロッパとアフリカが混じったものが流れています。西欧社会と、いわゆる第三世界。白人と黒人。北と南。古典バレエ教育とアフリカの伝統への知識が私の中に流れています。これらの世界が私の中に混じっていることが、一緒に仕事をする機会に恵まれた素晴らしい人たちに、魅力的に映っているのではないかと思います。私の長所は、ともに仕事をしている人々と共に魂を探し求めていることの中にあります。スヴェトラーナ・ザハロワは、私と仕事をすることと、私が仕事に対して見ている視点というのは異なっていると言ってくれました。
他のアーティストと私を少し違ったものにしているのは、私が常に内なる自身、ルーツ、自然や精神性と語り合っているからだと思います。
それに加えて、私は知性的な振付家ではなく、本能、心と感情だけで作品を作っていると感じています。その上、幸運にも、最も素晴らしい人たちと出会い、仕事をする機会に恵まれました。この幸運に恵まれていたということは、私に与えられたすべての知識を伝え、そして人生の中に注ぎ込むことが運命付けられているのだと思っています。これらの組み合わせによって、感情と愛が生まれ、それゆえ多くの人の心を打つことになるのでしょう。
魂から魂へのつながりを語っているのが私の作品です」
現在はフリーランスのコレオグラファー、そしてダンサーとして活動するパトリック。世界中を旅してまわり、このインタビューに答えてくれたのも、中東のバーレーンから帰って来たばかりの時だった。旅が人生の一部と言える。
パトリック 「今はスペインのマドリッドに住んでいます。ナチョ・ドゥアトが率いていたスペイン国立ダンスカンパニーを退団した後、スペインに留まることにしました。スペインは暮らすには素晴らしい国ですし、マドリッドの郊外、少し田舎に住むことができてとても幸せです。旅に出た後、この家に帰ってくるのはいつも嬉しいものです。
私はいつも仕事のために旅をしていますが、アジアに旅して働くのが好きです。日本、中国、トルコ、ロシアがお気に入りです。仕事を離れた旅先として愛しているのはトルコのイスタンブールです。
今年の11月には、アラブのバーレーンで初めて、素晴らしいプロジェクトに取り組みます。すでに3回バーレーンに旅していて、アラブ世界も大好きになりました。私にとってエキゾチシズムは大切なものです」
ウィーン国立バレエで大きな成功を収めた「マリー・アントワネット」を始め、バイエルンの狂王ルートヴィヒ2世、そしてクレオパトラ。パトリックの作品には、歴史上の人物が多く登場する。また、上海バレエ団に振付けた「ジェーン・エア」のような文学作品にも、彼は魅了されてきた。
パトリック 「私はただただ歴史が大好きなのです。時と歴史を過ぎて行ったドラマティックな人物たちを愛しています。歴史の中で人生はとても豊かで、情熱とドラマにあふれていました。言葉は私にとって大切なものだし、過去の世界の人々はいつも私に語りかけています。彼らの人生を訪れることを愛しています。
過去の魔法について私を導いてくれたのは、モーリス・ベジャールでした」
パトリックのFacebookやInstagramを見ていると、動物愛護についてのメッセージや、気高い動物たちの写真、そして自身の飼い犬など多くの動物が登場する。あるインタビューでは、ダンサーを引退したら、犬のブリーダーになりたいと真剣に考えていたと語っていた。
パトリック 「動物たちを私はこよなく愛しています。彼らは私たちの親友なのです。どんな人に対しても、どんな時でも無条件の愛を注いでくれます。また彼らは第六感を持っていて、私に語りかけてくれます。人間が気づくよりも先に、気が付いているのです。いろんな秘密を知っているのが動物ですし、彼らは愛とはなにかも知っています。
最近、レニーという新しい友達を家族に迎え入れました。彼は単なる飼い犬ではありません。かけがえのない友人であり、またパートナーでもあります。私の人生にたくさんの幸せと光をもたらしてくれました。私も彼に、私の愛のすべてを与えようとしています。二人で完璧なハーモニーを奏でているのです。
いつも言っていることですし、必ず実現させたいことがあります。野良犬のためのホームを作りたいと思っているんです。彼らが幸せに暮らしていける場所を。野良犬でいっぱいの家を、私の家の中に作りたい」
東京バレエ団のために「ホワイト・シャドウ」を創作し、2013年の東京・春・音楽祭では日本人ダンサーたちのために新作『アポロ』を提供した。ベジャール・バレエ・ローザンヌ在籍時から今に至るまで、ファルフ・ルジマトフやマニュエル・ルグリのガラ公演、スヴェトラーナ・ザハロワの「アモーレ」ガラなど、パトリックはたびたび来日している。日本文化にも影響を受けているのだろうか。
パトリック 「唯一無二の偉大な坂東玉三郎から多くのインスピレーションを受けています。彼は私のヒーローです。彼は国の宝であり、彼に2,3回会うことができて知己を得ることができたのはとても幸せでした。いつか彼と仕事をして、舞台で共演できることが私の夢です。彼は私のアイドルです。
もう一人素晴らしい日本のアーティストは山本耀司で、彼のクリエーションを愛しています。また、三島由紀夫の作品は私の心にぐさりと突き刺さりました。
この3人は、美、純粋な美をもたらしてくれる人たちです」
そして2019年3月、マニュエル・ルグリがボリショイ・バレエのオルガ・スミルノワなどのトップダンサー、そして気鋭の音楽家たちと共演する日本でのManuel Legris「Stars In Blue」公演に、パトリックは2つの新作を提供する。フランス・バレエを代表するルグリと、現代のロシア・バレエを代表するプリマ・バレリーナのスミルノワという異色の組み合わせ。また、同じくボリショイ・バレエのプリンシパルであるセミョーン・チュージンは、ウィーン国立バレエの日本人プリンシパル、木本全優と男性同士のデュエットに挑む。
パトリック 「オルガ・スミルノワとマニュエル・ルグリのために振付けたデュエットは、最近読んだアレッサンドロ・バリッコの「絹(シルク)」という本にインスパイアされたものです。フランス人の蚕商人が、絹を求めて幕末の日本を舞台に日本人の武将に出会い、その恋人に惹きつけられる物語です。映画化もされた作品でたくさんの人に読んでほしい素晴らしい小説です。
セミョーン・チュージンと木本全優のデュエットは、二人の兄弟についての作品です。その一方が瀕死の重傷を負い、相手にいまわの別れを言うというものです。この兄弟は狼男で、この作品も映画にインスピレーションを得ました。このように私は個人的なインスピレーションを得るために、特別な人々や状況が好きなのです。そして作品の解釈は完全に観客に任せます。
現実も、真実も、ひとつではない。
その瞬間に感じていることによって、たくさんの世界が現れますし、物事は変化し続けます。
私の作品を観るたびに、観客の皆さんが自由にそれぞれの解釈をし、一人一人の世界や真実を作り上げてほしいと思っています」
さらに広がり続けるパトリック・ド・バナの宇宙。どんなプロジェクトが世界で彼を待ち受けるのだろか。
パトリック 「来年1月には、モスクワで新作の創作を始めます。ストラヴィンスキーの「結婚」です。3月には、日本での「Stars in Blue」公演のために、前述の新作を創作しています。その後上海で、2年前に初演した私の作品「Echoes of Eternity」のリハーサルを行います。これは唐朝の皇帝と、彼の権力と評判を守るために自害した、お気に入りの側室についての作品です。さらにウィーン国立バレエのヌレエフ・ガラのために小作品を一つ振付けます。来秋には、新作「王女メディア」の創作に取り掛かります。2020年には中国の遼寧バレエ団のために、新作「ノートルダム・ド・パリ」を振付けます。遼寧バレエ団の芸術監督から連絡を頂き、この複雑な物語をバレエ化することにしました。これらは、私が予定しているプロジェクトのうちのごく一部です」
夢を語るときのパトリックは、まるで少年のようだ。彼が舞台で作り上げる魔法のような世界は、彼の夢の具現化と言えるのかもしれない。
パトリック 「これからも創造、創作、そして創作し続けることが私の夢です。
創造することで、私の頭、心と魂を通じて新しい、今までと違う世界の中へと入っていくことができるからです。
世界と私自身と、平和的に共存することも、私の夢です。
夢を終わりなく見続けること、それが夢です。
夢見ることとは、自由であることです。」
パトリックから日本のファンへのメッセージの中にも、彼の海のように広い心、人としての優しさと深さが伝わってくる。
「親愛なる友人のみなさんへ。
芸術と文化を通して、その中に反映される自分自身を探し求めてください。
来年3月に2つの新作を携えて日本に戻ることができるのを嬉しく思います。
きっとそれらはあなたに語りかけてくれます。
安全で、幸福でいてください。
人生を楽しんでください。人生は私たち皆に与えられた、最も大きな贈り物です。
もうすぐ会いましょう。
愛をこめて
パトリック・ド・バナ」
PHOTOGRAPHER: Yumiko Inoue
STYLIST: Tatsuhiko Marumoto
HAIR and Makeup: Lee Hyangsoon
FLOWER ARTIST: Michiko
INTERVIEWER: Naomi Mori
ART WORKS: Yuichi Ishii at OTUA
SPECIAL THANKS TO: Yuka Hirata at D-CORD
パトリック・ド・バナ(Patrick de Bana)
ドイツ、ハンブルグに生まれる。ハンブルク・バレエ・スクールで学び、1987年ベジャール・バレエ・ローザンヌに入団、間もなくプリンシパルに。92年にスペイン国立ダンスカンパニーに移籍。ナチョ・ドゥアト、イリ・キリアン、マッツ・エック、オハッド・ナハリンなどの作品でプリンシパルとして活躍。2003年自身のカンパニー“ナファス・ダンス・カンパニー”を設立。トルコ、オランダ、キューバ、イスラエル、オーストラリア、ロシア、中国など世界中で活動を行う。その創作活動のフィールドは瞬く間に世界各国に広がり、マニュエル・ルグリ、アニエス・ルテステュ、オーレリ・デュポン、イワン・ワシーリエフ、スヴェトラーナ・ザハロワなど数々のスター・ダンサーに作品を提供。ウィーン国立バレエ、中国国立バレエ、東京バレエ団など多くのカンパニーに招聘され作品を創作している。カルロス・サウラ監督の映画「イベリア 魂のフラメンコ」「ファド」にも出演している。近年の振付作品には、マニュエル・ルグリとイザベル・ゲランに振り付けた「フェアウェル・ワルツ」、15年、上海バレエ団に創作した「Echoes of Eternity」、「ジェーン・エア」のほか、スヴェトラーナ・ザハロワに振り付け、共演した「レイン・ビフォア・イット・フォールズ」、イワン・ワシーリエフに振付けた「・・・Inside the Labyrinth of Solitude」など。また、上海ワールド・ガラの芸術監督を務めるなど、新たな活動にも積極的に取り組んでいる。2012年には「マリー・アントワネット」で、13年には「Windspiele-Windgames」でブノワ賞にノミネートされた。
【公演情報】
演出 マニュエル・ルグリ
振付 パトリック・ド・バナ他
出演 マニュエル・ルグリ、オルガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン、
木本全優、三浦文彰(ヴァイオリン)、田村響(ピアノ)、滝澤志野(ピアノ)
日時 2019年3月8日(金)19:00開演 / 9日(土)14:00開演
会場 東京芸術劇場コンサートホール(東京公演)
日時 2019年3月11日(月)19:00開演
会場 ザ・シンフォニーホール(大阪公演)
日時 2019年3月14日(月)19:00開演
会場 メディキット県民文化センター(宮崎公演)
日時 2019年3月17日(月)15:00開演
会場 愛知県芸術劇場コンサートホール(愛知公演)