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Issue 005  木村優里×沢渡朔〈後編〉

​少女の夢の中

Alexandre Issue005「木村優里(新国立劇場バレエ団)× 沢渡朔 」後半は、色鮮やかなドレスをまとっての撮影となった。

時間が止まったような古い洋館の中で、始めのうちは戸惑うように迷宮に迷い込んだ小鳥のように。やがて湯川麻美子に導かれ、自ら新しい動きを生み出していく木村は、普段の新国立劇場の舞台の上とは違った顔を見せてくれた。タイムトラベルをしている好奇心旺盛な妖精のように、時にはいたずらっぽく、時には大胆に、少女と大人のあやうい境界線上でカメラの前で舞い始めた。

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澄み切った気持ちで挑戦し、自分らしさを追求するダンサーになりたい

 

 新国立劇場バレエ団の輝ける新星、木村優里。伸びやかに育った妖精は、どのようにこれから成長していくのだろうか。生真面目で真摯に仕事に取り組む彼女は、今回のインタビューのために、一生懸命メモを作って入念に準備をしていた。本当にバレエが大好きなのが伝わってくる。

 「舞台後は反省、反省、で悔しいと思うことがしばしばあります。なぜ自分が悔しいと感じているのかということをノートに書いて整理しています。そうすると、心が整理されて、練習の時にこうすればいいという課題や問題点が見えてきます。反省するのも貴重な経験だと思っています」

 愛らしい外見の中にも、ひたむきな勉強熱心さと、新しいことにチャレンジするスピリットが息づいている。撮影の際にも、当初はバレエ団教師の湯川麻美子(元プリンシパル)のアドバイスを受けながら動いていたのが、撮影の空気に触れ、やがて自身で即興の動きを生み出し、どんどんアイディアを出しては自由なムーヴメントを見せて行った。

 「バレエをやっているということを忘れるくらいの、機械的な動きにも挑戦したいと思っています。新国立劇場バレエ団では、コンテンポラリーもバレエの要素が強い作品が中心です。バレエの動きとはかけ離れているように見えるコンテンポラリー作品もたくさん観ています。たとえばネザーランド・ダンス・シアター(NDT)で踊られている作品は、表現がバレエと違うのですが、すごく作品の世界が伝わってきます。観ている人によって伝わり方も違うと思うのですが、こんな表現方法があるのか、というくらいです。(クリスタル・パイトがパリ・オペラ座バレエに振付けた)『シーズンズ・カノン』は映像で観ましたが群舞が圧巻でしたね」

 新国立劇場バレエ団では、同団バレエダンサーの振付作品公演「Dance to the Future」というシリーズがある。今年3月の同公演では、木村は、ファースト・ソリストで振付家としても才能を発揮する貝川鐵夫のギリシャ神話を主題にした『ダナエ』というデュオ作品を、渡邊峻郁と踊った。ここでの木村は、古典作品でのイメージを破るような大胆な踊りに挑戦した。

 「『ダナエ』は官能的なテーマなのですが、官能的過ぎてもダメだと言われました。それがなかなか難しくて。貝川さんは感覚的なものを大事にしているので、こちらも頭をフルに使わないとついていけなくなります。必死でチャレンジしていかないと、この貝川ワールドから置き去りにされてしまいます。貝川さんの作品ではかなり奥深いことが表現されています。貝川さんは踊りのニュアンスをポエムのように美しい言葉で伝えてくださいます。それを書き取って、家でどういうことだろう、と考えていました。クリエーションだったので、私が動きで見せるとそれがいいからやろうと採用してもらえることもありました。ただ技術を見せようと狙っていくと不採用だったりもしました。振付家とのコミュニケーションやその場で創り上げていく作業はとても楽しかったです。パートナーの渡邊さんとは長く組んでいるので、彼の感性、感覚はだんだんわかってきました。いろいろと話し合ってできるパートナーでありがたい存在です。二人で試行錯誤しながら、貝川さんの世界に入って行こうとしました。とても貴重な素晴らしい経験で、この作品は宝物のようになりましたね。それまではビデオ映像を見て振りを覚えることが多く、新作を振付家と一緒に創っていくのは初めてのことでした。」

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バレエのために日常がある

 

忙しい毎日の中で木村がホッとできる休日、少し遠出したり、まだ1歳にもなっていない愛猫と一緒に近くの公園で散歩したりしているとのこと。でもやはりバレエのことを考えることが多い。

 

「気分転換に読書をしたり、映画を観たり、瞑想したりしています。こうしなくちゃ、あれを観なくちゃ、と焦って行動すると失敗に終わることが多いので、直感で動いた方がいいものに触れられると思います。美術館に行くのはとても好きで、ずっと観ていられます。現代アートも好きです。フェルメールなども観ますが、最近の型を破った作品はすごく面白いと感じています。映画で印象に残ったのは『プーさんと大人になった僕』で子供向けかと思ったら、哲学的ですごく深い内容でした。あと、家にたくさん画集があってよく見ています。昔の服の絵などを観て『眠れる森の美女』の時代はこのような衣装だったのかな、宝石のついた靴を履いているからこんな風に足を見せる振付なのかな、と想像を巡らせています。過去の時代の衣装の絵を観るのは勉強になります。ヒストリカル・ダンスの時代の衣装は面白いですよね。『アラジン』のサファイアの踊りはボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を意識して振付けたと聞いていますし、バレエには絵画に触発されたものも多いのかもしれませんね」

 

「学生時代はバレエに関係のないことにも興味がたくさんあったのですが、新国立の研修所に入って以降は、バレエのために日常があるという生活になりました。研修所の先生に、身体が楽器だとしたらいい音を出すために、心豊かに過ごすことが必要だと言われました。研修生は、新国立劇場や国立劇場で上演されるオペラや伝統芸能も授業の一環で観ることができます。今考えたら相当色々なものをありがたく観せていただきました。研修所では茶道を学んだりもしています。当時はなぜバレエに茶道?と思ったのですが、今思えばバレエと通じるものがあるように感じられます。茶室もバレエのスタジオも神聖な場所で、一歩足を踏み入れたらしっかりとした心構えで取り組むというところが。一期一会の人との縁を大事にすることも、バレエに通じることだと思います」

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感謝の気持ちを忘れずに、澄み切った気持ちで。

 

「今私がこの環境にいられるのは、周りの方のおかげだという気持ちを絶対に忘れないで感謝しながら踊ることが大切だと心から思います。バレエを観てくださる方々に豊かな気持ちになっていただくためには、踊る側の自分自身も心豊かな状態でいないとそういうエネルギーは伝わらないのではないかと思っています。そのためには常に私自身が澄み切った気持ちや状態でいることが必要だと切実に感じます」

 

「好きなダンサーはディアナ・ヴィシニョーワさんです。彼女の踊りを見ていると、周りの評価や期待に応えるといったことより、自分の踊りの本質を追求することに全身全霊で集中しているように見えます。そういうことができるダンサーになりたいと思っています」

 

バレエのために日々を過ごしているという木村。どうしてこんなにバレエが好きなのだろうか。

 

「バレエを踊ることで自分のことをより深く知ることができます。だからずっと続けることができ、バレエが好きなのだと思います。バレエは言葉が介在しない芸術で、観る人によって違うセリフに聞こえたり、その時の精神状態によって受け取り方やメッセージ性が変わってきたりしますよね。そういうことがバレエ芸術の持つ豊かさだと思いますし、とても興味深いところだと思います。劇場では舞台上の踊り手と客席で観てくださる方々とのエネルギーの交流が時として起こります。そういう交流が起こるためには、踊る自分もいつも澄み切った気持ちでいないといけないと思っています。こんな素敵なことが起こる劇場に足を運んでくださる方がどんどん増えるといいなと思います。踊りは祈りや神聖なエネルギーに似ていると思っています。お客様の心に響く踊りをお届けできるダンサーになれたら、と思います」

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新国立劇場が大好きだから、ここで踊ることができて幸せ。

 

近年は特に、国際的なバレエコンクールでの日本人ダンサーの躍進が伝えられ、海外で活躍する日本人ダンサーも多い。恵まれたプロポーションと高いテクニックの持ち主である木村は、なぜ、ダンサーの待遇が欧米ほどには恵まれていない日本での活動を行っているのだろうか。

 

「この劇場(新国立劇場)が小さい時から大好きでした。1997年のこけら落とし公演、吉田都さん主演の『眠れる森の美女』のビデオ映像を観て感激し、こんな素敵な劇場で踊りたいという気持ちが芽生えました。この公演で妖精を踊っていらした西川貴子さんや志賀三佐枝さんにバレエ研修所で教えていただいたことにもすごく不思議な縁を感じていました。ここで今こうして踊っているのは運命かもしれませんね。設備も整っているし、客席から舞台がとてもよく見えるように設計されてもいます。素敵で、大好きな劇場です。本当にここで踊ることができて幸せです」

 

「新国立劇場バレエ団には、素晴らしい先輩の方々がいらっしゃいます。クラス・レッスンやリハーサルで、そうした諸先輩方の身体の使い方を間近で見ると、舞台や映像で観るのとまた違って、とても勉強になります。どの先輩も素敵なのですが、中でもバレエ研修所の先輩でもある(プリンシパルの)小野絢子さんが大好きで尊敬しています。絢子さんは人間性がとても魅力的な方だといつも思います。バレエ団のメンバーにはもちろんですが、スタッフなど周りの人に優しい気配りをいつもされていて、レッスンの時なども声をかけてくださいます。食事に誘ってくださったり。人間としての豊かさがあふれ出る感じですね。絢子さんのように周りのことを自分のことのように愛せる人って本当に素敵だと思います。そんな素晴らしい彼女の人間性に憧れていますし、こういう方と一緒に踊れる環境に本当に感謝しています」

 

楚々としたお嬢さんのように見える木村だが、その大きな瞳からはバレエへの清らかで熱い想いがまっすぐに伝わってきて、心を貫かれるようだった。

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PHOTOGRAPHER: 沢渡朔

STYLIST: ふくしまアヤ at OTUA

COSTUME: 渡邊沙織 at 新国立劇場バレエ団

HAIR: KOTARO at Sense of Humour

MAKE UP: KOUTA at eight peace

ARTISTIC ADVISOR: 湯川麻美子 at 新国立劇場バレエ団

ART DIRECTOR: 石井勇一 at OTUA

INTERVIEWER: 森菜穂美

EDITOR: 井上ユミコ at Alexandre                          

SPECIAL THANKS TO: 櫻井眞夕美 at 新国立劇場バレエ団

ピンクのレースワンピース¥52,000、白いプリーツ×チェーンストラップのワンピース¥450,000、ピンクのキルティングボディスーツ¥24,000、ヘッドピース 参考商品、ピンクのラバーコルセット¥39,000/以上、チカ キサダ(Chika Kisada) http://www.chikakisada.com/

チュチュ、バレエシューズ 本人私物

その他、ラッフルの衣装は全て、TOMO KOIZUMI http://www.tomo-koizumi.com/

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木村優里(きむら ゆり)

千葉県出身。泉敬子、泉敦子、牧阿佐美に師事。15年新国立劇場バレエ研修所を修了し新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。『くるみ割り人形』で主役デビューを果たし、『ドン・キホーテ』『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ジゼル』といった作品で次々と主役を踊っている。17年舞踊批評家協会新人賞。19年ファースト・ソリストに昇格。

沢渡朔(さわたり はじめ)

1940年東京生まれ。日本大学芸術学部写真学科在学中より写真雑誌等での作品発表を始め、日本デザインセンター勤務を経て、1966年よりフリーの写真家として活動、現在に至る。作品に、『NADIA』『少女アリス』『昭和』等。 

湯川麻美子(ゆかわ まみこ)

兵庫県出身。江川バレエスクールにて江川幸作、江川のぶ子に師事。アントワープ・バレエ学校、英国ロイヤル・バレエ学校、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア・バレエを経て、1997年に新国立劇場バレエ団に入団。プティ『こうもり』、石井潤『カルメン』、ビントレー『カルミナ・ブラーナ』『アラジン』、ウォルシュ『オルフェオとエウリディーチェ』で主役を踊ったほか、ビントレー『パゴダの王子』皇后エピーヌ役やドゥアト振付作品など現代作品で特に高い評価を得る。06年ニムラ舞踊賞受賞、11年プリンシパルに昇格、12年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。15年4月『こうもり』主演をもって引退。現在新国立劇場バレエ団バレエ教師などを務める。

<木村優里今後の出演予定>

 

新国立劇場バレエ団「こどものためのバレエ劇場『白鳥の湖』」

出演 木村優里、渡邊峻郁、ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年7月28日(日)11:30、29日(月)15:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

 

新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』

音楽 セルゲイ・プロコフィエフ

振付 ケネス・マクミラン

出演 木村優里、井澤駿、ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年10月20日(日)18:30、26日(土)13:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

 

中村恩恵×新国立劇場バレエ団『ベートーヴェン・ソナタ』

振付 中村恩恵

出演 首藤康之、福岡雄大、木村優里、ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年11月30日(土)14:00、12月1日(日)14:00

会場 新国立劇場 中劇場

 

新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』

音楽 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

振付 ウエイン・イーグリング

出演 木村優里、渡邊峻郁、ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年12月21日(土)18:00、22日(日)18:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

 

新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』

音楽 レオン・ミンクス

振付 マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴルスキー

出演 木村優里、渡邊峻郁、ほか新国立劇場バレエ団

日時 2020年5月3日(日・祝)14:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

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