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Issue 009  首藤康之 × 福岡雄大
​2人のベートヴェン

新国立劇場バレエ団のダンサー達とも数多くのコラボレーションを行って来た、振付家・中村恩恵(元ネザーランド・ダンス・シアター(NDT))が、ベートーヴェンの音楽に喚起されるイメージと、ベートーヴェン自身の生き方にインスピレーションを得て振り付け、2017年に初演された『ベートーヴェン・ソナタ』。初演ではチケットは早々にソールド・アウトとなり、高い評価を得たこの作品が、熱望に応えて今年11月に再演される。

 

『ベートーヴェン・ソナタ』は、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンを二つのキャラクター、ベートーヴェンを新国立劇場バレエ団プリンシパルの福岡雄大、ルートヴィッヒを、中村恩恵とのコラボレーションを多く行い、バレエの枠組みを超えて幅広いキャリアを構築したフリーランスの首藤康之とした。主人公としてのベートーヴェンと、そのベートーヴェンを俯瞰するように客観的に見ているもうひとりの彼ルートヴィッヒだ。ベートーヴェンが日記で自身のことを「お前」と呼び掛けていることに着想を得ている。ダブル主演の首藤康之、福岡雄大に、この作品を中心にアーティストとしての生き方についての話を伺った。

芸術家としての共通項を求めて

 天才音楽家であるベートーヴェンと、日本きってのトップバレエダンサーである首藤康之そして福岡雄大。彼らの間に共通点はあるのだろうか。

 

首藤 「ベートーヴェンは激動の時代、ヨーロッパ社会が新しくなる時代、様々なことが起きている時代の中で音楽を創り続けました。今と状況が違いますが、社会の変わるスピードとか、少し共通項があるのではないかと思います。恩恵さんも考えがあって、ベートーヴェンという作曲家を取り扱うことで社会の変化を提示するということを、創作する時におっしゃっていました。ベートーヴェンはたくさんの言葉も残していて、その中で自分自身のことを“お前”と言っていて、そこが彼女の創作の出発点となりました」

首藤 「それで“お前”というのと“自分自身”という多面性を使うことに。お前、と呼んでいるのが福岡さんの演じるベートーヴェンであって、ルードヴィヒは、ベートーヴェンは”お前の芸術のみに生きる”と言い切っているのですが、その言葉自体も自分自身に言っているにもかかわらず、彼自身は私生活ではあたたかい愛にとても欲望があって、人間だれしもある二面性を行ったり来たりして、自分がどちらなのかという葛藤があると思いました。これはぼく自身もあることで、”本当の自分自身はどっちなのだろう、やりたいことはどっちなのだろう”と。その中で舞踊というのは芸術の中でも、ぼくは他の仕事は知らないのですが、一番美しいものだと信じていると同時に、一番時間がかかって、ストイックなものです。ほとんど全ての時間を捧げないとお客様に作品を差し出すことはできません。朝起きて、クラスレッスンをして、リハーサルをして身体がくたくたになって、夜はパフォーマンスをして帰って。ダンサーの生活というのは、そういう日常です。ベートーヴェンという作曲家は、50年間しか生きていない中であれだけの曲をいつの時間に作曲したのだろうと思うほどの作曲の量で。ぼくもそうですし福岡さん自身も、芸術家としての共通項を探しながら、人物像を構築していったと思います」

 

福岡 「ベートーヴェンの生涯については本を読んだりWEBで調べたりいろいろ勉強をしました。諸説ありますが、天才なのですが変わっていて、本当にギリギリの人だったようです。耳の病気もあり、人生の中でもがいている人という印象がありました。家庭環境でも苦しい想いをして来た人で。自分でこの役を踊っていても苦しい気持ちになりましたね。彼には楽しい時があまりなかったのでは。音楽家と舞踊家という違いはありますが、芸術家としての葛藤について共通点はあると思います。ぼくは天才ではなくて、こつこつ積み上げて行くタイプなので、ベートーヴェンとは重ね合わせようとしても重ならないのですが、その世界を極めようとするアーティスト(芸術家)として重なる部分はあるとは感じます」

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 『ベートーヴェン・ソナタ』は今回再演である。ベートーヴェンが失恋した貴族の娘ジュリエッタ、彼が不滅の恋人と書き残したアントニエ、跡継ぎにしようとして裁判で養育権を勝ち取った甥カール、その母ヨハンナといったキャラクターが登場し、特に福岡は3人の女性ダンサーと踊る。

 

福岡 「一度踊った役の再演ですが、さらに今回は役をより深めていきたいです。深めていきたいのはもちろん全部なのですが、特に踊りの面で深化させていけたらと思います。3人の女性ダンサーと踊ることは、コンテンポラリーの作品ではあまりないことです。ベートーヴェンと3人の女性との関係がパ・ド・ドゥで表現され、密度の濃い踊りになっています。振付の中村恩恵さんの求める動きを体現したいですし、表現の面でも、もっとベートーヴェンという人になりきって、舞台の上でベートーヴェン自身として生きられたら」

 

首藤 「初演から2年経って、ぼくは舞踊家としてはキャリアの最終章にいると思うし、それもずいぶん前に入っていて、もがきながらずっと少しずつ踊り続けています。福岡さんはキャリアとテクニックと精神性の充実がすべていい意味でいいバランスで充実しているのでまた今回ご一緒できることを楽しみにしています。リワークはぼくたちの仕事にとってとても大事なことです。年月が経って他の経験とか、人生の中でそれぞれが経験を積んできて、作品にも全く違ったアプローチができて、作品も新しく動き出していくのではないかと思います」

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身体の動きで美しい音楽を奏でていると感じられる時が、

踊ることの至福

 本作では、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ、ヴァイオリン・ソナタ、弦楽四重奏曲、そして交響曲7番、9番というインパクトの強い音楽が使われている。首藤康之も絶賛した、福岡の優れた音楽性が発揮されている。

 

福岡 「ベートーヴェンの音のインパクトは強かったですが、時系列的に恩恵さんは選曲をされていて、その時その時で旋律やメロディラインが異なっているので、それらの音を踊りで表現をしたいなという思いがありました。軽快な音から重い音まで全てあるので、ここで、彼に何かが起こったのかもしれないと感じながら表現していく面白みがありました。僕は音楽と一体化することをいつも目指していますが、楽器で音楽を演奏するように、身体の動きで美しい音楽を奏でていると感じられる時、踊ることの至福を感じますね」

 

首藤 「共感すると同時に、曲を聴いてでしか彼のことはわからないところがあります。いろんな憶測があって、かなりミステリアスなことが多いので、そこも素敵な部分なのですが、曲を聴くことによって苦悩だけではない明るさなど、彼が求めていたものは彼が書いた曲を聴くと、いろんなことがわかってきます。なかなか言葉では言い表せないのですが、踊った時に初めて感じられるものがあると。ベートーヴェンの曲で踊るというのは特別な気持ちですし、勇気のいることです。舞踊の入り込む隙間があまりありません。その中でも、ベートーヴェンという大きな作曲家の曲を並べて、その中で自分たちの入る隙間を、ベートーヴェンが与えてくれた何かを少しずつ探しながら、長い時間をかけて創作したので、今回も少し時間をかけて磨くことができたらいいなと思っています」

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ダンサーは花のように寿命が短くて、だからこそ美しい

  ベートーヴェンは、晩年聴覚を失いながらも作曲を続けた。耳が聞こえなくなった苦悩は、この作品の中では鮮烈な表現で踊られていて強い印象を残している。

そして誰もが知る実在の人物の人生を演じて行くということは、並大抵の難しさではない。特に福岡にとっては、中村恩恵とのコラボレーション経験の長い首藤康之演じる、ルートヴィヒというもう一人のベートーヴェンが同じ舞台に立っているのである。

 

福岡 「聴力を失っていくベートーヴェンの苦悩を表現するのは苦労しました。リアリティを求められていたのですが、実際に自分の耳が聞こえなくなったわけではないので。音楽家が聴力を失うのは想像を絶する苦しみだと思います。ですから、ベートーヴェンは音楽を書くのをやめることだってできたわけです。それでもやめなかったのは、自分が創り出す音楽という芸術へのあまりに強い思いとそれを支える精神力がすごく強かったのだと思います。強さと脆さがコインの表と裏のように一人の人物に内在することを表現するのは難しかった。耳が聞こえないという振付があるのですが、そこを見せるのも大変でした。中村恩恵さんの振付に、ぼくが考えるベートーヴェンを重ねて行くというかたちでクリエーションは進みました。また、実際の舞台はとても広い空間なので、リハーサルをしているスタジオから舞台へ行ったとき表現の振幅をどう変えて行くかということも考えました。新国立劇場の中劇場の舞台は縦に距離があるので、舞台の奥行きを生かした演出効果は素晴らしいと思いましたが、上手く演じないと客席に伝わりません」

 

首藤 「ぼくたちからすると、聴覚を失って作曲し音楽を創作するというのは、想像ができないことで、ぼくがその時考えたのは、逆に、聴覚を失った人というのは意識がすごく強く鋭くなっているのではないだろうかと。それは幸せなことであったのではないかと彼の残された曲を聴いて思いました。こういう仕事をやっていますから、自分自身の人生と重ね合わせて、そこでリンクする部分とまったく理解できない部分があったり共感する部分があったりします。ダンサーも芸術家の中では、花のように、最も寿命が短くて、だからこそ美しいのだと思うのです。そういった部分で見える違う光というものがありますから、そういった部分を重ね合わせて自分自身が演じていたのではないかと思います」

 

福岡 「作品の終盤では、ベートーヴェンが人生の終わりに近づき自暴自棄になったところも出てきます。人間的になってきたともいえますね。悲しい作品なので踊っていて自然に涙がこぼれました」

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 新国立劇場バレエ団では、古典作品において外国からのゲストを迎えることは多々あったものの、国内で活躍するダンサー、それも異色のキャリアを築いたダンサーを新作で招くことは稀である。

 

首藤 「まさか新国立劇場バレエ団のダンサーと共演するなんて夢にも思っていなかったのです。前のカンパニーを辞めてもう14年になります。この先大きなカンパニーと仕事をすることがあるのだろうかと思っていたら、中村恩恵さんからオファーを頂いて、ぼくが少しでも必要とされているようだったら是非ともとお引き受けしました」

首藤 「今は充実したダンサーが集まっていると思います。それはデヴィッド・ビントレー前芸術監督の頃から変わって、ダンサーの意識を変えたというのがあったのではないかと感じます。今の団員はビントレーが育てた人が多いと思うので。そういった意識改革をされて。テクニックというのは練習すればある程度のところまですべての人が行けるものだと思うのです。そこから先というのが、努力だけでは解決できないものが付いてくると思うのですが、とても上手で個性的なダンサーが揃って来ました。今のダンサーは古典と現代作品の踊りわけで大変だと思うのですが、やっぱりダンサーって振付家と出会って、作品で成長するしかないのです。ぼくもベジャールさんをはじめ、様々な才能豊かな振付家との出会いで成長しました。だからそうやってバレエ団も成長していくことを願います」

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天性の音楽性と化学反応

 世代も経歴も違うダンサーとの共演は、お互いにとって、どのような刺激になったのだろうか。

 

首藤 「福岡さんは、日本の男性ダンサーでは一番好きなダンサーです。もちろんとても努力されているし、舞踊に対する向き合い方が誠実というか、舞踊に捧げている感じが好きです。彼の踊りを最初に観たのが、新国立劇場バレエ団の『シンデレラ』だったのですが、小野絢子さんのパートナー役が福岡さんでした。その時はまだ若くてとてもフレッシュだったけれど、音に対する反応の良さ、音をキャッチして自分の身体に取り込んで、音楽と戯れる身体を持っていると感じました。それは努力だけでは解決できないもので、天性の音楽性が備わっていると思いました。それが無伴奏でも、オーケストラの曲でも。踊っている時にここの旋律を奏でているのだ、というのがよくわかり、この人本当にいいダンサーだな、と感じました。その後も彼はスター街道まっしぐらで、小野さんと素晴らしいパートナーシップを築かれていて、舞踊への向き合い方がとても誠実なのが感じられます。今回の作品では、彼の中にもいろんな思い、コンプレックス、葛藤があると思うのですが、それがベートーヴェンと重なっていました。前回踊った時にすごくそのように見えて、ぼくが客観的に、影のような存在なので見ていて感銘を受けました。だから今回も共演がとても楽しみです」

福岡 「ぼく自身は、この作品では“主役を分け合う”という感覚はあまりありません。二人とも主役、という方が近いと思います。一人が実体であり1人は過去の存在とぼくは考えていました。その違いを観るのも楽しみ方の一つかな、と思います」

 バレエ界の先輩であり、異色のキャリアを積んできた首藤康之との仕事。大きな刺激であると共に、誰にも負けたくないという負けん気の強さが福岡らしさである。

 

福岡 「首藤さんとの仕事は刺激的です。でも、舞台の上ではみんな平等だと僕は思っているのであまり意識しすぎないようにしています。礼儀は忘れないけれど、ぼくはぼくのままでやっています。ルーツやバックグラウンド、経験値、活動内容などが違っていても、ダンサーとして目指しているところは同じだと思っています。首藤さんは演劇など多岐にわたる活動をされているので、ぼくとアプローチは違いますが、そのアプローチの違いで化学反応も起こりますし、そこが面白いので、二人で一つの役をやるということにもなったのではないでしょうか。一緒に仕事することはぼくにとってはとても勉強にもなります。普通の日本のダンサーの生き方とは違って、いろんなことにチャレンジしている首藤さんは凄い人だと思いますし、尊敬するところがとてもあります」

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 首藤が近年コラボレーションを続けている中村恩恵とは、多くの作品を生み出してきている。東京バレエ団でクラシックバレエを踊っていた首藤と、NDT出身で海外経験の豊富な中村との組み合わせは当初ダンス界を驚かせたが、このパートナーシップは今年で10年経った。

 

首藤 「中村恩恵さんとは2009年から一緒に踊っているので、今年で10年になります。最初は、当時彼女はNDTにいて、ぼくはイリ・キリアンさんと仕事をしていたので、ちょうどさいたまで『ワン・オブ・ア・カインド』という作品を観に行ったときに、彼女を紹介されました。それからお互いのことを知っていたのですが、ある日突然、2009年の春ごろに彼女から電話がかかってきて、一緒に踊りませんかと突然言われたのでびっくりしました。それから彼女のスタジオに行って、創作活動を始めて、でもお互いのことを分かり合えるのにそれほど時間が必要なかったというか、まずはクラシックバレエのベースがお互いにあったので、スムーズに、ぶつかり合ったことはこの10年間ほとんどありませんでした。創作するうえで、ぼくも慣れてきていろんなことを言うようにはなりました。ぼくは振付家でも演出家でもなくて物を作るということでやってこなかったのですが、最近言い過ぎなのかな、と反省しています(笑)。もう30近くの作品を創っているので、いろんなことがお互い信頼してわかるというか、どんどん作りこんで、早くできあがって、それからの温め方というのが変わってきた気がします」

 一方、福岡にとって、外部振付家である中村恩恵とのクリエーション作業はどのようなものだったのだろうか。

 

福岡 「中村さんと首藤さんは長く一緒に活動されてきていますので、首藤さんは恩恵さんの意図を汲むのが上手くて。ぼくは恩恵さんがこうしたいだろうなと予想しながらやっていました。ぼくはぼくなりに、首藤さんは首藤さんなりに表現しているという感じでしたね。あっちはこういう感じだからこっちは逆に対比する、という時もあれば、こっちは同調したほうがいいかも、などと考えながらリハーサルを重ねて行きました。振付を覚えるのは大変ですが、振付を理解した上で、ここはこうしたいと恩恵さんに提案した部分もありました」

 

福岡 「恩恵さんは、その人の資質や個性を見て振付をしてくださる方だと思いました。クリエーションの仕事は楽しいのですが、試行錯誤を繰り返して作品を仕上げていくので、時間的にも精神的にも要求されることが膨大になります。ただ、作品が出来上がって、それが舞台で上演された時の喜びは格別ですね」

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首藤康之

こういうキャリアの作り方もあるのだと見せたい 

 首藤康之は異色のキャリアを築いてきたバレエダンサーである。東京バレエ団でモーリス・ベジャールの『ボレロ』や、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアンら巨匠の作品を踊ってきたほか、東洋人としてただ一人マシュー・ボーンの名作『白鳥の湖』のザ・スワン/ストレンジャーと王子の両役を踊り、フリーランスとなった後はシディ・ラルビ・シェルカウイ、ウィル・タケット、小野寺修二ら世界的な俊英の作品に出演してきた。活躍はバレエ/ダンス界にとどまらず、映画、テレビドラマ、演劇など幅広い。その首藤が最近特に力を入れているのが、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)で活躍した振付家・中村恩恵とのコラボレーションだ。『Shakespeare THE SONNETS』や『DEDICATED』など多くの名作を生み出してきている。年齢を重ねて、その静謐で繊細な美しさと研ぎ澄まされた感性はますます輝きを増し、内面の深さがにじみ出て唯一無二の存在感を放っている。

  首藤の東京バレエ団の代表作といえば、なんといっても、選ばれたダンサーしか踊ることが許されない名作『ボレロ』である。『ボレロ』のほか、『春の祭典』や『中国の不思議な役人』『ザ・カブキ』『M』など多くの作品を踊ってきた。

 

首藤 「ベジャールさんの作品を踊り始めて何年かしてから、クラシックバレエを踊ることが違うことのように感じられてきて、カンパニーと相談して、28,9歳の時からクラシックのレパートリーを踊るのを閉じていきました。ずっと同じレパートリーを踊っていくというのも、素晴らしくて大変なことだと思いますが、ぼくは年齢と経験によって、踊る作品を変えて行った方が自分のパーソナリティに合っていると思っていました。それからは様々な、恩恵さん始めいろんな作品を踊って行って、何とか今まで来ていますね」

 

 日本の男性バレエダンサーのキャリアパスは、ほとんど同じである。日本、もしくは海外のバレエ団で踊り、ゲストダンサーとしても踊りながら、やがては自身のスタジオを持ち、指導者への道を歩いていく。ダンスにとどまらず、様々な分野のアーティストとコラボレーションを行い、ダンスにこだわらない活動を見せる首藤は異色の存在だ。

 

首藤 「周りを観ていると、自分のキャリアは珍しいと思います。本当にやりたいと思えることだけをやってきたというか、出会いがあったのでラッキーだと思いますが、自分が舞踊界、ダンス界に属している意識というのが全くないのですね。キャリアとしては特殊かもしれませんが、それがぼくなのでしょうね。パントマイムの小野寺修二さんの作品を観た時に、絶対にこの人とやるべきだという指令が頭の中に出て。それで時間をかけて作ったら、いいものができて。彼もバレエダンサーと仕事をするのはぼくとが初めてのことだったそうです。最初に作品を創って、それから何年かおきにやらせていただいています。いつもすごく刺激を頂きますし夢のような稽古期間ですね。すごく時間がかかるのですが、バレエの中では学びきれないものをすごく感じて、演劇的なところも勉強させていただきました」

 

首藤 「あとから考えるとカテゴリのことはまったく考えてなくて。あの人とやりたいからこれになったのだな、と。気が付いたらいろんなことをやっていました。ぼくはそれほど器用ではないのですが、自分のキャリアを振り返ると意外に器用だと思うこともあります。ぼくはそれほど、ダンサーをこれから教えて行きたいとか育てて行きたいという想いはないのですが、ダンサーにはこういうキャリアの作り方もあるのだよ、ということは提示したい。日本では未だにダンサーにとっては難しい状況ですから、キャリアの構築の仕方というのは人それぞれ、正解はありません。ぼくはぼくのやりたいことをやっています」

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新しいものに少しずつ、時間をかけてチャレンジしていく

 前例のないキャリアを切り開いていった首藤は、今後どのような活動を行っていくのだろうか。

 

首藤 「新しいものを少しずつ、時間をかけて創作できる環境が作れれば一番いいですね。ぼくが周りから刺激を頂いているので、本当に楽しみです。誠実に、その時にやるべきことを100%向き合うということ。情報社会で、いろんな情報が天から降ってきますが、なるべくシャットアウトして集中してやっていこうと思っています」

 

 キラキラ輝く澄んだ瞳が印象的な、美しい人、である。日本のバレエ界の主流からは離れて、独自の道を歩いてきたが故に、澄み切った視点で純粋に芸術を愛しているのが伝わる。そして優しく暖かくダンサーたちを見守る姿に、思わずこちらも姿勢を正したくなる。日本のダンス界に、首藤康之がいることは恩恵である。

福岡雄大

バレエの持つ美しい伝統をつないでいく

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 日本最高峰のバレエダンサーである福岡雄大だが、アーティストとしてはあくまで謙虚である一方で、振付や演出といった活動にも強い意欲を見せている。

 

福岡 「まずは健康的に生きられることが目標です。ありきたりに聞こえるかもしれませんが、それが人間として一番大切です。ダンサーとしては新しく踊る役もこれまで踊ったことのある役も、ひとつひとつ深めて行きたいです。また、演出や振付もやっていけたらと思っています。11月には一つ演出の仕事を頂きました。(川越市バレエ連盟10周年記念公演『ジゼル』を演出)。機会をいただかなくてはなかなか実現しないので、お話があった時は嬉しかったです。ぼくは創作というより、バレエの演出、振付をしたいという気持ちがあります。コンテンポラリーを振付ける人はたくさんいますが、ぼくはむしろバレエという芸術の素晴らしさをたくさんの人に伝えたい、バレエの持つ美しい伝統をつないでいきたいという思いが強いですね。そういうことを考えている時に、バレエの演出のお話をタイミング良く頂きました。しかも出演もします。踊って演出して振付もするというのはなかなかたいへんですが、バレエの演出・振付という新たなチャレンジはとても魅力的なので、今後はそういったことも視野に入れて活動していきたいと思っています」

 

 

 福岡は、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエで、元芸術監督デヴィッド・ビントレーが新国立劇場バレエ団のために新制作した2作品『アラジン』(2013年)と『パゴダの王子』(2014年)に同バレエ団の小野絢子と共にゲストダンサーとして主演した。日本のバレエの水準の高さを、本場英国で証明したのである。その素晴らしいパフォーマンスは、現在もバーミンガムの観客の間で語り草となっている。

 

福岡 「バーミンガム・ロイヤル・バレエに小野絢子さんとゲストとして主演した時には、バーミンガムのお客さんも喜んでくれてとても嬉しかったです。新国立劇場のシーズン中の渡英だったので時間的にも精神的にも大変だったのですが、すごく楽しくて、お客さんもとてもピュアな反応をして喜んでくれました。ゲスト出演した演目がビントレー振付の『アラジン』と『パゴダの王子』というオリエンタルな作品なので、アジア人の一員であるぼくたちだからこそお見せできる雰囲気があったと思うので、日本人で良かったなと思いました。両作品とも新国立劇場バレエ団のために作られたバレエなので、バーミンガム・バレエのダンサーたちが踊ると同じ作品ではありますが、新国立劇場バレエ団のダンサーが踊るのとはどこか違った雰囲気でしたね。また、新国立劇場バレエ団とってこの二つの作品は、新国立劇場で世界初演された作品で、ぼくたちにとっては『パゴダの王子』はその初日キャストを務めた思い出深い作品でもあります。バーミンガムの街を歩いていてもお客さんに声をかけられて舞台の感想を言ってもらったりとフレンドリーで温かい雰囲気の中で踊らせていただくことができて幸せでした」

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ただ純粋に上手くなりたい、そして心を大事にするダンサーでありたい

 10月19日に、新国立劇場バレエ団の2019/20シーズンが始まる。オープニングは、ケネス・マクミラン振付の名作『ロメオとジュリエット』で、福岡はもちろん初日のロメオ役を飾る。意気込みは十分だ。

 

福岡 「ロメオ役は3年ぶりに踊ることになりますが、3年前から成長しているかどうかを考える余裕がないほど大変な踊りで、吐きそうになるほどです。今回は別公演日には敵役であるティボルト役も踊るので、ソードファイトでは両方の役を演じることになり、稽古で腕がパンパンになっています。そして激しい動きをするので、相手の剣を何本も折ってしまっています。毎回1本折ってしまうほどです。ロメオ役ですと、友達の死がその前のシーンにあるので余計に力が入りますね」

 

福岡 「自分の限界だと思っても、毎回自分の限界にチャレンジし、もっと深みのあるダンサーになりたい。特に今シーズンは『ロメオとジュリエット』や『マノン』など役への深い理解が要求されるドラマティックなバレエ作品も多いですし。逆に深みがあることで爽やかさを出せるというのもあるので、そこは深めて行きたいと思っています。自分のことはあまりストイックだと思っていませんが、周りからはそう言われます」

 

福岡 「ダンサーとしては、心を大事にしたいと思っています。心を伝えられたら嬉しいですし、それがお客さんに伝えることができれば、それはダンサーとしてやりがいがあることです。ただ純粋に上手くなりたいという気持ちでぼくは練習してきました。それが実を結べばいいなといつも思っています」

 

 ぼくなんて大したダンサーではありませんから、と繰り返し語っていた福岡。だが、日本を代表するバレエダンサー、日本が世界に誇れるバレエダンサーとしての高いプロ意識と矜持、そして少年らしさを残した向こうっ気の強さはたまらなく魅力的である。これからどんな世界を舞台上に見せてくれるのだろうか。お楽しみはこれからだ。

PHOTOGRAPHER/VIDEOGRAPHER: 井上ユミコ

HAIR AND MAKEUP: 石田弥仙

INTERVIEWER: 森菜穂美 

VIDEO EDITOR: 河内彩

SPECIAL THANKS : 新国立劇場バレエ団, SAYATEI                 

首藤康之(しゅとうやすゆき)

15歳で東京バレエ団に入団、19歳で「眠れる森の美女」の王子役で主役デビュー。その後「ラ・シルフィード」「白鳥の湖」「ジゼル」などの古典作品をはじめ、モー リス・ベジャール振付「M」「ボレロ」他、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアン等の世界的現代振付家の作品に数多く主演。また、マシュー・ボーン演出・ 振付「SWAN LAKE」にスワン/王子役の両役で主演、国内外で高く評価される。2004年の退団後も、シディ・ラルビ・シェルカウイ、ウィル・タケット、、串田和美、白井晃、長塚圭史、小野寺修二など、国内外の振付家、演出家の作品に出演するほか、自らプロデュース公演も上演。また、ピナ・バウシュが芸術監督をつとめていたNRW国際ダンスフェスティバルなどの海外公演にも多数出演。近年は中村恩恵との創作活動も積極的に行うほか、映画、TVドラマに出演するなど、表現の場を拡げている。第62回芸術選奨文部科学大臣賞。

YASUYUKI SHUTO Official Web Site  www.sayatei.com

 

福岡雄大(ふくおかゆうだい)

大阪府出身。ケイ・バレエスタジオで矢上香織、久留美、恵子に師事。2003年文化庁在外研修員としてチューリッヒ・ジュニアバレエ団に入団、ソリストとして活躍。05年チューリッヒ・バレエ団にドゥミソリストとして入団し、07年まで所属。2000年NBA全国バレエコンクール・コンテンポラリー部門第1位、03年神戸全国洋舞コンクール・バレエ男性シニア部門グランプリ、08年ヴァルナ国際バレエコンクール・シニア男性部門第3位、09年ソウル国際舞踊コンクール・ クラシック部門シニア男性の部優勝などがある。09年新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。『ドン・キホーテ』、『白鳥の湖』、『くるみ割り人形』、『火の鳥』、バランシン『アポロ』、ビントレー『パゴダの王子』ほか数々の作品で主役を踊っている。12年プリンシパルに昇格。11年中川鋭之助賞、13年舞踊批評家協会新人賞受賞。18年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

<ベートーヴェン・ソナタ公演概要>

 

中村恩恵×新国立劇場バレエ団『ベートーヴェン・ソナタ』

振付 中村恩恵

出演 首藤康之、福岡雄大ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年11月30日(土)14:00、12月1日(日)14:00

会場 新国立劇場 中劇場

 公演情報

https://www.nntt.jac.go.jp/dance/beethovensonata/

チケット情報

http://nntt.pia.jp/event.do?eventCd=1905443&_ga=2.195194348.158102437.1570004078-1725114267.1525072331

舞台写真_撮影_鹿摩隆司

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<首藤康之・今後の出演予定>

 

PARCO劇場オープニング・シリーズ 第1弾

『ピサロ』

演出 ウィル・タケット

出演 渡辺謙 首藤康之ほか

日時 2020年3月13日(金)~4月20日(月)

会場 PARCO劇場

公式サイト

https://stage.parco.jp/program/pizarro/

<福岡雄大・今後の出演予定>

  

新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』

音楽 セルゲイ・プロコフィエフ

振付 ケネス・マクミラン

出演 福岡雄大、小野絢子ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年10月19日(土)14:00、24日(木)13:00、26日(土)18:30

会場 新国立劇場 オペラパレス

 公演情報

https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/romeo_and_juliet/

チケット情報

http://nntt.pia.jp/event.do?eventCd=1903835&_ga=2.191931754.158102437.1570004078-1725114267.1525072331

 

 

川越市バレエ連盟10周年記念公演『ジゼル』

音楽 アドルフ・アダン

振付 ジャン・コラリ、ジュール・ペロー、マリウス・プティパ

改訂振付 福岡雄大、小野絢子、柄本弾

日時 2019年11月16日(土)17:00

会場 ウエスタ川越大ホール

公演情報

https://www.westa-kawagoe.jp/event/detail.html?id=1707

新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』

音楽 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

振付 ウエイン・イーグリング

出演 ほか新国立劇場バレエ団

日時 2019年12月21日(土)18:00、22日(日)18:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

 公演情報

https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/nutcracker/

チケット情報

http://nntt.pia.jp/event.do?eventCd=1903836

 

新国立劇場バレエ団『ニューイヤー・バレエ』

出演 新国立劇場バレエ団

日時 2020年1月11日(土)14:00、12日(日)14:00、13日(月・祝)14:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

公演情報

https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/newyearballet/

チケット情報

http://nntt.pia.jp/event.do?eventCd=1903837&_ga=2.169905504.158102437.1570004078-1725114267.1525072331

 

新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』

音楽 レオン・ミンクス

振付 マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴルスキー

出演 木村優里、渡邊峻郁、ほか新国立劇場バレエ団

日時 2020年5月3日(日・祝)14:00

会場 新国立劇場 オペラパレス

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